このブログでは生産性生産性といっていますけど笑、あらためて何のために生産性を向上しているのでしょうか?
そう考えたときに、個人的に一番しっくりくる考え方は寿命を延ばすためじゃないかなと思いました。
では、寿命とは何でしょうか?
もちろん一般的な寿命の定義は、生まれてから死ぬまでの日数(年数)ですが、少し違う考え方もできると思いました。これまでの人生を振り返ったときに、子供の頃から大人になってからなどさまざまな記憶があります。
高校時代の部活動でのシーンとか、大学受験のとき、大学生活の数シーン、社会人になってからの仕事のシーンや転職の際の面接の記憶など、いろいろ浮かんできます。
では、10年前のトイレの記憶とか、8年前の確定申告の記憶は浮かぶでしょうか?
もしくは5年前の勤怠を入力しているシーンは浮かぶでしょうか。
私は浮かびません。
記憶に残っている行動が寿命の長さという考え方もできるんじゃないかと思いました。
つまり、40年生きていても、ほとんどがルーチンで特別に思い出せる記憶が少ない人と、30年生きているけど、いろいろな国のいろいろな人との記憶や仕事の記憶がたくさんある人は、生きた年齢以上に体感する寿命があるような気がしています。
たとえ無駄なことでも記憶に残っていればそれは立派な生きた証でしょう。
図にするとこんな感じになります。

この図でいう①と②が体感寿命につながるんじゃないかということです。

ですが、この右半分だけでは豊かな人生は送れません。
役所に提出する書類は必要なものですが、記憶に残るような類の行動ではありません。日々の家事も記憶には残りませんが家は荒廃していきますし、やっぱり必要なものです。④の、記憶に残らないしやらなくてもいいようなこと、たとえば、無意味なワイドショーをダラダラ見てしまうことなどは削除していくべきだとは思いますが、少なくとも③は必要です。

そしてこの③は得てして一番時間がかかるものです。
体感寿命に直結する①と②をたくさんしたいけれど、③に時間を取られてできない、みたいな人は多いと思います。
つまり、生産性を上げるべきは③ということがわかります。
③の生産性を最大化して時間を作り、①と②をできるだけ多くやる。
逆に①②の生産性を上げる(たとえばスピードを上げる)と記憶が薄れてしまうこともあるかもしれません。
こうすることで、生活の基盤はちゃんと整ったうえで、人生の記憶に残る①②の行動を増やせるからです。
むやみやたらに生産性を上げるのではなく、どの領域の生産性を上げようとしているのかを意識してみると密度の濃い(あとから思い出せる記憶がたくさんある)人生が送れるかもしれません。
記憶に残らないけどやったほうがいい行動の生産性を上げよう!